臨床研究

うつ病患者に特徴的な腸内細菌叢の異常を解明し、腸内細菌叢の組成データからうつ病リスクを推定する新たな方法を開発
-うつ病の病因解明と早期発見に向けて-

掲載誌国際学術誌 『Frontiers in Psychiatry』(2024年5月28日付掲載)
研究グループシンバイオシス・ソリューションズ株式会社 代表取締役社長 増山 博昭
同上 研究開発本部 大熊 佳奈・畑山 耕太・江原 彩・大舘 綾乃 他
ベスリクリニック 院長 田中 伸明
星子クリニック 院長 星子 尚美
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うつ病論文表紙

2020年の日本の厚生労働省による調査では、日本におけるうつ病を含む気分障害の総患者数は172.1万人と報告されており、大きな社会問題となっています。うつ病に関連した自殺の防止やうつ病再発リスク低減の面からも、うつ病の早期発見と治療が望まれます。うつ病発症のメカニズムは複雑であり、解明されていません。そのため、うつ病の根底にあるメカニズムを特定することは急務です。近年の研究からは、うつ病に腸内細菌叢が関連する可能性があることが示唆されていますが、その詳細な関連性を明らかにするにはさらなる研究の必要があります。

また、うつ病の有病率と腸内細菌叢のそれぞれに性差が存在することを踏まえると(女性は男性に比べてうつ病を発症する可能性が2倍高い)、うつ病と腸内細菌叢の関連を調査する研究は男女別に行うことが望ましいのですが、先行研究の多くは男女混合集団を対象に行われていました。そこで本研究では、性別を考慮したうえでうつ病と腸内細菌叢の関連について調査を行い、うつ病の早期発見と治療に貢献する研究成果の創出を目指しました。

本研究では、日本人20~60代のうつ病患者群(男性33名、女性35名)と健常者の対照群(男性246名、女性384名)の腸内細菌叢について男女別に比較しました。その結果、男性うつ病群では、男性対照群と比較して、腸内細菌の属レベルの分類群においてNeglectaの相対存在量が多く、その一方でCoprobacterButyricimonasClostridium_XlVb、Romboutsiaが少ないことがわかりました(図1)。また、女性うつ病群では、女性対象群に比べてMassilimicrobiotaMerdimonasSellimonasが多く、DoreaAgathobacterが少ないことがわかりました(図1)。うつ病に関連した腸内細菌の分類群は男女で異なりましたが、うつ病で相対存在量が少なかった腸内細菌には水素産生という共通した能力が認められました(男性:ButyricimonasRomboutsia;女性:DoreaAgathobacter)。

うつ病に関連する腸内細菌は、分類群という面では性別によって異なりますが、機能という面では同じ役割を担っている可能性があります。さらにこの結果から、うつ病患者は、脳内で炎症抑制作用を有する腸内細菌由来の水素の量が減り、強いストレスなどによって誘発された脳内の炎症を抑制できない状態にあるという新たな仮説が導き出されました。

図1:うつ病群と健常者対照群の腸内細菌の分類群(属レベル)の違い

効果量が正の値(図の赤いバー)は対照群と比較してうつ病群で相対存在量が多い分類群、負の値(図の青いバー)は少ない分類群を示す。

図2:うつ病群の腸内細菌叢の特徴に基づいた構造方程式モデリング

楕円(lv1、lv2)は潜在変数、長方形(腸内細菌分類群、うつ病)は観測変数を示す。
小さな円の上の値、両頭の青い矢印、茶色の矢印、黄色の矢印は、それぞれ残差分散、相関係数、負荷値、パス係数を表す。赤枠は、潜在変数得点の推定に用いた部分を示す。

前述のうつ病群の腸内細菌叢の特徴に基づき、構造方程式モデリング(SEM:Structural Equation Modeling)を用いたうつ病リスク推定モデルを男女別に開発しました(図2)。開発した男女それぞれのうつ病リスク推定モデルについて、ROC(Receiver Operating Characteristic)分析によって各モデルの予測精度を検証した結果、男性のモデルのAUCは0.72、女性のモデルのAUCは0.70でした(数値が1に近いほどモデルの精度が高いとされる)。このことから、本研究で開発されたうつ病リスク推定モデルは、うつ病患者を一定の精度で判別できることが示されました。

本研究で明らかとなったうつ病と腸内細菌叢の関連性は、うつ病の発症・進行のメカニズムの理解、新たな予防・治療方法の開発につながることが期待されます。また、うつ病リスクの推定方法は、便検体を用いた腸内細菌叢検査サービスに組み入れることができ、うつ病の効果的なスクリーニング方法、さらにはうつ病診断の判断材料として活用することが可能です。実際に当社では、腸内細菌叢の検査・分析サービス「SYMGRAM」・「健腸ナビ」に本成果をもとにしたうつ病リスク分析を導入し、社会実装を進めております。

原論文情報

Kana Okuma, Kouta Hatayama, Hidetaka Tokuno, Aya Ebara, Ayano Odachi, Hiroaki Masuyama, Naomi Hoshiko, Nobuaki Tanaka.
A risk estimation method for depression based on the dysbiosis of intestinal microbiota in Japanese patients. Frontiers in Psychiatry 2024, 15, 1382175.
https://doi.org/10.3389/fpsyt.2024.1382175