軽度認知障害(MCI)に関連する腸内細菌叢の異常を解明、腸内細菌叢の組成データを用いたMCI の診断(リスクの推定)方法を開発
─認知症を予防する新たなアプローチの実現も視野に─
掲載誌 国際学術誌 『Biomedicines』(2023年6月22日付掲載) 研究グループ シンバイオシス・ソリューションズ株式会社 代表取締役社長 増山 博昭
同上 研究開発本部 畑山 耕太・江原 彩・大熊 佳奈・蓮子 和巳 他
お茶の水健康長寿クリニック 院長 白澤 卓二
あしかりクリニック 院長 芦刈 伊世子プレスリリース 本研究に関するプレスリリースはこちら(PDF)
軽度認知障害(MCI)は、認知機能の低下はありますが、正常な認知と認知症の中間状態であり、まだ認知症ではありません。しかし、MCI罹患者は認知症に進行するリスクが高いことが知られています。認知症は、一度発症すると治療が困難ですが、MCIでは正常な認知機能に戻る場合があります。このため、MCI罹患者への適切な介入を行うことができれば、認知機能の改善、または認知症への進行を抑制できる可能性があります。そのためには、早期にMCI罹患者やMCIリスクが高い人を発見することが重要です。また、効果的な治療や予防のためにはMCIの発症・進行のメカニズムの理解が不可欠です。
いくつかの先行研究ではMCIと腸内細菌叢の関連が示唆されていましたが、その詳細を理解するためにはさらなる研究が必要でした。また、そのほとんどは男女混合の集団を解析対象としており、性別を考慮した解析は行われていませんでした。
本研究では、70代日本人のMCI群と、疾病に罹患していない対照群の腸内細菌叢を調べ、MCIと腸内細菌叢との関連性について分析しました。分析にあたっては、性別を考慮し、男女別に比較を行いました。その結果、男女に共通して、MCI 群に多い腸内細菌の分類群としてClostridium_XVIII、Eggerthella、Erysipelatoclostridium、Flavonifractor、およびRuminococcus2が、MCI群に少ない分類群としてMegasphaera、Oscillibacter、Prevotella、Roseburia、およびVictivallisが観察されました。これらの腸内細菌についての既知の特徴から、MCI群の腸内細菌叢の構成は、腸内細菌叢の調節異常、腸管バリアの透過性増大、血液脳関門の透過性増大、および慢性神経炎症の亢進 を引き起こし、その異常が長期間持続することによって最終的に認知機能低下につながるというメカニズムが導き出されました(図1、図2)。
図1:軽度認知障害(MCI) )に関連する腸内細菌叢の異常(dysbiosis)の概要とMCI リスクの推定
図2:MCI 罹患者における腸内細菌叢の異常(dysbiosis)とその作用の連関図
青字の腸内細菌(分類群)は疾病に罹患していない対照群と比較してMCI群に少ない分類群、赤字の分類群はMCI群に多い分類群を示す。赤い矢印は増大、青い矢印は減少を示す。
黒い矢印は関係性の方向を示す。EC細胞: enterochromaffin cells(腸クロム親和性細胞)。
さらに本研究では、前述のようなMCI群の腸内細菌叢の特徴に基づき、構造方程式モデリング(SEM:Structural Equation Modeling)を用いたMCIの診断(リスクの推定)モデルを男女別に開発しました。開発した男女それぞれのモデルについて、ROC(Receiver Operating Characteristic)分析によってモデルの予測精度を検証した結果、男性のモデルのAUCは0.75、女性のモデルのAUCは0.87でした(AUCの数値が1に近いほどモデルの精度が高いとされる)(図3)。このことから、本研究で開発されたMCIの診断(リスクの推定)モデルは、MCI罹患状態を高い精度で判別できることが示されました。
図3:男性(a)と女性(b)のMCI の診断(リスクの推定)モデルのROC曲線
MCIの診断(リスクの推定)モデルのAUCは、男性で0.75、女性で0.87であった。
灰色の破線は、ランダムに推測した場合のROC曲線を表す。
本研究によって、MCIに関連する腸内細菌叢の異常(dysbiosis)の全体像が明らかとなったことから、MCIの発症・進行のメカニズムの理解、治療や予防方法の研究・開発が大きく進展することが期待されます。また、本研究で開発されたMCIの診断(リスクの推定)方法を用いることによって、MCI罹患者やMCIリスクが高い人を簡便かつ効率的にスクリーニングすることが可能となります。本研究の成果を用いたMCIの早期発見は、食事やサプリなどによるdysbiosisの改善によりMCIから認知症への進行を抑制または防止することで認知症を予防するという新たなアプローチの実現につながります。
原論文情報
Kouta Hatayama, Aya Ebara, Kana Okuma, Hidetaka Tokuno, Kazumi Hasuko, Hiroaki Masuyama, Iyoko Ashikari, Takuji Shirasawa.
Charac teristics of Intestinal Microbiota in Japanese Patients with Mild Cognitive Impairment and a Risk-Estimating Method for the Disorder.
Biomedicines 2023, 11(7), 1789.
https://doi.org/10.3390/biomedicines11071789