臨床研究

特定の食品摂取による腸内細菌叢の変動によって高齢者の認知機能が改善
-食品による新たな認知機能改善方法の可能性-

掲載誌国際学術誌 『Frontiers in Nutrition』(2025年7月21日付掲載)
研究グループシンバイオシス・ソリューションズ株式会社 代表取締役社長 増山 博昭
同上 研究開発本部 畑山 耕太・香野 加奈子・大熊 佳奈
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非結核性抗酸菌症関連肺疾患論文表紙

2022年における日本の認知症の高齢者数は443.2万人、軽度認知障害(以下、MCI)の高齢者数は558.5万人と推計され、大きな社会問題となっており、認知症およびMCIの予防・改善方法の確立は喫緊の課題となっています。

これまでに当社の研究チームは、腸内細菌叢がMCIの発症・進行に関与する可能性を報告しました(Biomedicines. 2023, 11(7):1789)。腸内細菌叢の構成は食事によって大きな影響を受けるため、食事の変更によってMCIに関連する腸内細菌叢の異常(ディスバイオシス)の回避や改善ができる可能性がありました。そこで、研究チームは食品介入試験を新たに計画し、腸内細菌叢を標的とした食品介入アプローチによって日本人高齢者の認知機能を改善することができるか検証を行いました。
本試験では、腸内細菌叢の変動を介して認知機能を改善する可能性がある食品として、タモギタケ、モリンガの葉、および米ぬかを試験食品に選定しました(図1)。タモギタケは、記憶力や学習能力の向上効果が報告されているL-エルゴチオネインを多く含む食用キノコの一種です。モリンガの葉は抽出物がアルツハイマー病に対して有効性を示すなどの健康効果が報告されています。米ぬかは、アルツハイマー病の主な特徴である神経炎症を軽減し、認知力と記憶力の向上に役立つ可能性があります。ただし、いずれの食品も腸内細菌叢の変動を介して認知機能を改善する効果が得られるかは不明でした。

図1:食品(タモギタケ、モリンガ、米ぬか)と腸内細菌叢、認知機能改善の関係性

本研究の食品介入試験では、60~79歳の日本人参加者(男性144名、女性87名)を、性別ごとにタモギタケ(顆粒状の乾燥子実体)、モリンガ(葉粉末)、米ぬかの試験食品を摂取するグループに割り振りました。4週間の前観察期間の後、各グループは試験食品を8週間摂取し、4週間ごとに認知機能検査(Cognitrax検査)と腸内細菌叢検査を受けました。認知機能が特に高い参加者、試験の途中辞退やデータ不備の参加者は除外され、最終的な解析対象者は男性101名、女性69名となりました。各グループの解析対象者の中には、8週間の介入後に認知機能が改善した参加者(以下、レスポンダー)と改善しなかった参加者(以下、ノンレスポンダー)が存在し(図2)、性別と試験食品の違いによってレスポンダーで改善した認知領域の項目とそれらの観察時期には違いがありました(表1)。

図2:認知機能検査(Cognitrax検査)の神経認知インデックス(NCI)のスコア変動

表1:試験食品の介入による認知機能検査(Cognitrax検査)の各認知領域項目のスコア変動

Resはレスポンダー、Nonはノンレスポンダーを示す。括弧内の数字は各群の人数を示す。
+:介入直前(0週)と比較して介入4週後または8週後で有意に改善したことを示す。
−:介入直前と比較して介入4週後または8週後で有意に改善しなかったことを示す。

腸内細菌叢を解析した結果、各食品のレスポンダー群でのみ、認知機能との関連が知られている腸内細菌(AgathobaculumBlautiaFaecalibacteriumParabacteroidesPhascolarctobacterium)を含めた特定の腸内細菌の変動が観察され、それが高齢者の認知機能の改善につながることが示唆されました。ただし、レスポンダー群ごとに変動した腸内細菌の種類には違いがあり、それが表1に示す改善した認知領域の違いに関連した可能性が考えられます。また、視覚記憶力、単純注意力、および運動速度の項目は各レスポンダー群で改善が見られず、腸内細菌が関与するメカニズムでは改善が難しい認知領域である可能性が示唆されました。

本研究の食品介入試験では、同じ試験食品を摂取したにもかかわらず、特定の腸内細菌の変動が生じレスポンダーになった参加者と、変動が生じずノンレスポンダーになった参加者が存在しました。試験食品を摂取する直前の腸内細菌叢の構成は、摂取後の腸内細菌の変動に無関係ではありません。腸内細菌叢の構成と認知機能改善の関係性についての解析結果からは、試験食品ごとにノンレスポンダーにつながる摂取直前の腸内細菌叢の構成パターンに違いがあることが示されました。これは、1つの試験食品に対してはノンレスポンダーであっても、別の試験食品ではレスポンダーとなり得ることを示唆します。つまり、腸内細菌叢の構成を事前に調べることで、認知機能の改善につながる可能性のある食品を選択して摂取することが可能となります。

本研究の成果は、高齢者の認知機能の維持・改善について、従来の医薬品とは異なり、腸内細菌叢を標的とした食品介入アプローチをとることのできる革新的なソリューションの提供につながる可能性があります。将来的には、腸内細菌叢の検査結果をもとに認知機能の維持・改善に適した食品を選択し、その食品を継続的に摂取することで認知機能の改善とMCI予防に取り組むことができるようになり、日本の高齢化社会の重大な課題を解決する一助となることが期待されます。

原論文情報

Kouta Hatayama, Kanako Kono, Kana Okuma, Hiroaki Masuyama.
Effect of a specific food intervention with Tamogitake mushroom, Moringa leaves, or rice bran on intestinal microbiota and cognitive function in elderly Japanese.
Frontiers in Nutrition 2025, 12, 1585111.
https://doi.org/10.3389/fnut.2025.1585111