腸内細菌の代謝産物「酪酸」の働き~酪酸菌とは?~

腸内細菌の代謝産物「酪酸」の働き


私たちは腸内細菌と共生しています。


腸内細菌は、腸という快適な住処と食物繊維などの栄養源を提供してもらう見返りに、私たちの健康維持に不可欠なさまざまな物質をつくってくれています。


そのような物質の代表格が、短鎖脂肪酸の一種、酪酸(らくさん、英: butyric acid)です。


実はこの酪酸、私たちが健康を維持していくうえで、とても重要な物質なのです。


今回のコラムでは、腸内細菌によってつくられる酪酸が、私たちの健康維持に果たす役割についてお話しします。


目次[非表示]

  1. 1.腸内で酪酸を産生する「酪酸産生菌(酪酸菌)」
  2. 2.私たちの健康を維持増進する酪酸
  3. 3.大腸における役割
  4. 4.脳-腸軸を介して恒常性の維持にも寄与
  5. 5.最後に


腸内で酪酸を産生する「酪酸産生菌(酪酸菌)」


まずは、「酪酸産生菌(酪酸菌)」についてご紹介しましょう。


腸内には多種多様な腸内細菌が存在しますが、そのなかでも酪酸を産生する代謝を行うものを酪酸産生菌(酪酸菌)と呼んでいます。


酪酸産生菌(酪酸菌)とは、大腸まで届いた食物繊維やオリゴ糖、レジスタントスターチなどの難消化性炭水化物を消費し、最終的な代謝産物として酪酸を産生する菌のことです。


代表的な酪酸産生菌としては、Faecalibacterium(フィーカリバクテリウム)属、Anaerostipes(アナエロスティペス)属、Agathobacter(アガトバクター)属、Anaerobutyricum(アナエロブチリカム)属、Roseburia(ロゼブリア)属、Coprococcus(コプロコッカス)属、Butyricimonas(ブチリシモナス)属などに分類される細菌が知られています。


このように多数の種類の細菌が酪酸を産生する能力をもち、腸内細菌がつくる代謝産物のなかでも、酪酸の産生量は比較的多いといえます。


酪酸は経口で摂取しても、胃や小腸で吸収されてしまい、大腸にはほとんど届きません。


だからこそ、大腸で酪酸を産生する酪酸産生菌は重要な存在なのです。


私たちの健康を維持増進する酪酸


では酪酸は、私たちの健康維持にとって、どのような機能を担っているのでしょうか。


ひとつには、免疫寛容で重要な役割を担う制御性T細胞の分化を誘導する働きがあります。


制御性T細胞はTregとも呼ばれ、異物の排除機能をもつエフェクターT細胞の働きを抑え、食物アレルギーや炎症の原因となる過剰な免疫応答が起こらないように調節します。


また、がん化した細胞の自殺(アポトーシス)を促して大腸がんを予防したり、抗炎症作用によって腸管の炎症を抑制したりするなどの働きもあります。


さらに、酪酸は大腸の主要なエネルギー源として利用された残りが血流に移行し、さまざまな組織に存在する短鎖脂肪酸受容体であるGPR41やGPR43、GPR109Aに結合して活性化させることが知られており、これらを介して、エネルギー代謝系や免疫系の制御、恒常性維持などに役立っています。


大腸における役割


酪酸は、前述のとおり大腸上皮細胞の主要なエネルギー源であり、大腸が正常に機能するのに欠かせない物質です。

腸には、有害な菌や物質などが体内へ侵入しないようにするバリア機能がありますが(コラム「病原菌やウイルスから体を守る腸管免疫系」参照)、この機能を修復して強化する役割を担っているのも酪酸です。

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例えば、ムチンの産生を促進することで粘膜層を強化して腸のバリア機能の維持に役立っていたり、腸粘膜の維持と修復に寄与するムチン関連ペプチドであるTrefoil Factors(TFF)の発現を増加させたり、大腸上皮細胞のタイトジャンクションの構築を促すことなどがわかっています。


ただし、腸のバリア機能を強化させる酪酸の濃度には適切な範囲があることが知られており、酪酸の濃度が高くなりすぎると、アポトーシスを誘発して腸のバリア機能を破壊する可能性もあると報告されています。


そのため、腸内細菌叢(腸内フローラ)における酪酸産生菌の割合は、多すぎず、少なすぎない、適切なバランスを保つことが大切です。


脳-腸軸を介して恒常性の維持にも寄与


脳と腸は双方向的に影響を及ぼすことが明らかになりつつあり、そのような関係は脳-腸軸(brain-gut axis)や脳腸相関(brain-gut interaction)などと呼ばれます。


脳-腸軸の双方向的なやり取りは、迷走神経、神経免疫経路、神経内分泌経路など、さまざまな経路で行われますが、酪酸も、そのような脳-腸軸を介して作用することにより、間接的に宿主の脳に影響を及ぼすと考えられています。


例えば、血液脳関門を通過する能力がある酪酸は、迷走神経と視床下部を活性化し、宿主の食欲と摂食行動に間接的に影響を及ぼします。


ただし、酪酸の脳-腸軸を介した影響に関してはまだまだ未解明な部分が多いため、今後のさらなる研究が期待されます。


最後に


今回は、酪酸が私たちの健康維持に果たす機能についてお話ししました。


酪酸の重要性や、それをつくる酪酸産生菌の大切さについても、お分かりいただけたのではないでしょうか。


酪酸は、その濃度が適量である場合、私たちの健康の維持・増進にポジティブに働きます。


一方で、ディスバイオシスが起こり、酪酸産生菌が減少(あるいは増加)し、酪酸の産生量が不足(あるいは過剰)となった場合には、酪酸による健康の維持・増進効果が十分には得られず、体調不良や疾病につながることも容易に想像できると思います。

(コラム「ディスバイオシスと疾病の関連性」)


このディスバイオシスを引き起こさないためには、規則正しい生活、食物繊維などが豊富でバランスのよい食事、十分な睡眠、適度な運動、前向きな気持ちで楽しく毎日を送ることが効果的です。


酪酸産生菌とうまく共生し、酪酸による恩恵を十分に受けて、健やかな毎日を送りたいものですね。


参考文献
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日経ヘルス 編.『日経ヘルス サプリメント事典 第4版』.日経BP. (2011).
宮本潤基ほか. 化学と生物 55, 278–284 (2017).
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早川盛禎. ファルマシア 50, 815 (2014).
原博. 腸内細菌学雑誌 16, 35–42 (2002).



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