腸内細菌研究の歴史

腸内細菌の研究には長い歴史があります。1670年代に顕微鏡を発明したオランダのレーウェンフックが、大便の中に肉眼では見えない多数の微生物が存在していることを発見したのが始まりといわれています。

腸内細菌を対象とした科学的研究が開始されたのは、パスツールやコッホによって細菌学の基礎が築かれた19世紀の後半で、今日もっとも良く知られている大腸菌やビフィズス菌、乳酸菌などがこの時代に発見されました。

20世紀初頭、メチニコフが腸内の細菌が産生する腐敗物質が老化の原因であるという説を提唱し、ヨーグルトに含まれる乳酸菌が有害菌を駆逐するとして、自身でヨーグルトを大量に摂取したことが、ヨーロッパでヨーグルトが普及するきっかけとなり、今日のプロバイオティクス(健康に有益な生きた菌の摂取)の考え方につながっています。

1935年に米国の研究者によって成人の腸内には酸素がある環境下では生存できない細菌(偏性嫌気性菌)が多数存在することが報告されましたが、第二次世界大戦の影響でその後20年にわたり腸内細菌研究は停滞しました。1950年代に入ると嫌気性菌の培養法が開発され、腸内の細菌を集団としてとらえる「腸内細菌叢」研究がはじまりました。

この早い時期から腸内細菌叢を研究した先駆者に日本の光岡知足博士がいます。「善玉菌」「悪玉菌」という言葉の生みの親として知られていますが、自ら考案した実験装置を製作し、多くの腸内細菌を次々に発見・分類するとともに、腸内細菌叢の生態学的な解析を行い、腸内細菌叢の加齢に伴う変動や個人差など多くの事実を発見し、腸内細菌学という学問を世界に先駆けて樹立されました。

また、光岡博士は腸内細菌叢のバランスがヒトの健康や病態を左右することを早くから提唱し、機能性食品の開発・評価にも多くの業績を残されています。このような先駆者の腸内細菌叢に関する研究成果は、今日の腸内細菌叢研究の基盤となっていますが、2000年代に入ると、遺伝子解析技術の進展によって、大便から抽出した腸内細菌のDNAを読み取ることで腸内細菌叢を構成する菌の種類や割合を調べることが可能となり、腸内細菌叢の研究は新たなステージに移行しつつあります。

2008年から欧州7カ国に中国を加えた8カ国が共同して腸内細菌叢と疾患の関係についての研究を推進し、炎症性腸疾患や糖尿病などの疾患に特徴的な腸内細菌の構成やその遺伝子群を発表しています。

米国では、2008年から腸、皮膚などのヒト常在細菌叢全般を明らかにしようとする国家プロジェクトがスタートし、2014年からは炎症性腸疾患、Ⅱ型糖尿病、妊産婦と新生児を対象とする研究が推進されています。

このように、現在の腸内細菌叢研究は、細菌の生態学的研究にとどまらず、大腸がんや炎症性腸疾患などの消化器系疾患はもとより、肥満や糖尿病などの生活習慣病、アレルギーや自己免疫疾患、うつや自閉症スペクトラム障害などの精神・神経系疾患など広範な疾患との関連性やこれらを予防・改善するためのプロバイオティクスやプレバイオティクスの研究へと発展しています。