善玉菌と悪玉菌

「善玉菌」「悪玉菌」という言葉は、腸内細菌研究の世界的な先駆者である日本の光岡知足博士が生みの親とされています(コラム「腸内細菌研究の長い歴史」参照)。光岡博士は、腸内細菌を日齢に伴う変動のパターンと宿主との間に成立している関係から次の3つの菌群に分けられるという学説を提唱されました。

  1. 生後やや遅れて出現するが、正常な腸内細菌叢において最優勢菌叢を構成する菌群(Ⅰ群)で、宿主との間の長い進化の歴史の過程で高度の適応・馴化をかち得たもので、動物種特異性が強く、宿主の防御機構によって排除されることなく、一生にわたって密接な関係を保ち、一種の共生関係まで成立していると考えられる菌群 
  2. 出生後まもなく出現し,最優勢菌叢を構成するが、まもなく次に出現する菌群と交代するかのように減少し、以後中等度の菌数に留まる菌群(Ⅱ群)で、宿主の健康状態が悪くなったとき増加する傾向のあるE. coliStreptococcus が含まれる菌群
  3. 腸内細菌叢の中では少数派に属し、C. perfringensEnterobacteriaceae(病原株)、Pseudomonas aeruginosaStaphylococcus aureusなどはっきり病原菌の範ちゅうに属するもので、宿主の免疫力が低下すると、防御機構を破って他の臓器に侵入し,いわゆる“日和見感染”を起こし病原性を発揮することのある菌群(Ⅲ群)

腸内細菌には良い働きをする菌もいれば悪い働きをする菌もいるという、今では一般の人も知っている常識となったこの考えは、1970年代初頭にこの学説が発表された当時は、善玉菌などいるわけがないと考えていた多くの細菌学者から大批判を受けたことが知られています。光岡博士に師事し、今日まで長年に亘って腸内細菌の研究に取り組まれてきた辨野義己博士によれば、「一般に腸内細菌のうち20%が善玉菌で、10%が悪玉菌、残りの70%がよく分からない菌で善玉菌が優勢なときは悪い働きをしないが、悪玉菌が優勢になると悪い働きをする」と考えられるとのことです。

抗生物質の投与や食生活の乱れなどによって有害な物質を産生する悪玉菌が増加し、善玉菌が減少すると良いことは何もないことは分りやすいのですが、善玉菌に分類される特定の菌が多すぎることも決して良いことではないことが最近の研究によって明らかとなりつつあります。

また、腸内細菌叢は、個人差が大きいことが知られていますが、男女で大きく異なることも分かってきました。1,000種を超える菌によって構成された極めて複雑な生態系である腸内細菌叢がヒトの生理・病理に及ぼす作用は、その複雑さゆえにいまだ解明されていないことが多くあります。

ただ、過去数万年に亘る人類の食生活の変遷の過程で最適化され共生関係を形成してきたヒト腸内細菌叢のバランスが、わずか数十年の間に生じた食生活の変化や抗生物質の多用によって大きくかく乱されていることは疑う余地のない事実と思われます。

このため、近年増え続ける一方の生活習慣病や自己免疫疾患などの疾病は、急激な食生活の変化や抗生物質の多用によって共生関係に破たんが生じた結果ではないかと考えることは理にかなっており、現にこうした疾病に腸内細菌叢が関係していることを示唆する研究結果が続々と発表されるに至っています。

疾病の予防・改善を図るためには、腸内細菌叢と疾病の関係に関する研究をさらに進展させ、腸内細菌叢の構成などをコントロールする方法を確立することが不可欠となっています。